【印刷立会いレポ】前康輔様写真集「愛って言ってやろうか、そろそろ」
今回取材させていただいたのは、デザイン事務所「白い立体」のアートディレクター、グラフィックデザイナーの吉田昌平様。前康輔様写真集「愛って言ってやろうか、そろそろ」の印刷立会いにお越しくださいました。
吉田さんはこれまでも数多くの雑誌や書籍のデザインを手掛けられています。
前さんと吉田さんが組んだ作品を弊社で印刷させていただいたのは、『倶会一処』『New過去』に続いてこれで3作目。吉田さんがどのようにして作品に込められた想いを形にしているのかお聞きしました。
「そろそろ感」を出したタイトルデザイン
今回の写真集は、手帳のような造本が印象的です。手帳らしく、ビニールのカバーに金の箔押しが施されています。タイトルの「愛って言ってやろうか、そろそろ」にはちょっとずれた線が。
吉田さん:前さんと話してる時に、「愛って言ってやろうか、そろそろ」を本当は言いたくない、って言ってたんです。じゃあ、線で打ち消しましょうか?とその場でデザインしながら決めていきました。
最初は文字のセンターに線が引っ張られたデザインだったそう。
——線がちょっとずれているのはどういう意味なんでしょうか?
吉田さん:真正面よりちょっとずれてたほうが、この言葉が覗いている印象が出るなと。
今回の写真集に載っているのは、前さんが撮った日常のスナップ写真です。前さんに近しい方々もたくさん登場されています(吉田さんも登場)。
吉田さんにコンセプトを伺うと、あとがきに前さんの想いが書かれていますとのこと。
打ち消し線のない「愛って言ってやろうか、そろそろ」と、韻を踏む構造や言葉遊びがリリックのように印象に残るあとがきからは、少し照れたような印象を受けました。
線がセンターだと、「愛」という字が加工時に潰れてしまうという悩みもあったそうですが、線を少しずらしたことでその問題も解決し、タイトルも目に入りやすくなり、「そろそろ感」も出るという、まさに結果オーライのひと工夫でした。
カバーには別の裏話も。
「カバーがきつければきついほどいい、というシンデレラフィットを求めていたのですが、あまりにもぴったり過ぎて、カバーを開いた瞬間に本が破れてしまいました。これでは進められないと判断し、急遽、束見本を作り直すことに。強度を上げるために表紙の頁数や連量を調整しつつ、製本会社と連携しながらカバーの長さを0.5mm単位で調整して、究極のシンデレラフィットを目指しました」(営業)
薄い紙の理由
そして本文には連量35kgという薄口の紙。
写真集は弊社の得意分野ですが、ここまで薄い紙で印刷したのは「過去に例がないのではないか」と担当営業は話します。
——なぜこのような造本にされたのでしょうか?
吉田さん:前さんと話していて、前回同様に手元におけるサイズというリクエストがあり、誰もが一度は手にしたことがある手帳っぽいものはどうだろうか?というところからスタートしました。そして、薄い紙については丁寧に扱わないと、くしゃっとなってしまう怖さがあって、人は丁寧にめくる印象があります。なので丁寧にゆっくりと見てほしいという気持ちを込めています。
僕はよく1ページ目に薄い紙を入れるんですけど、そうするとちょっと緊張感が出るので、丁寧に扱ってもらうという点で効果的なんじゃないかなと思っています。
——ページの構成は吉田さんが?
吉田さん:写真のセレクトは前さんがされて、構成は僕、それを前さんが最後に調整しています。
順番は、難しいんですが…まず見開きで、写真の組み合わせをざっと作って、そこから全体を構成していきました。起承転結も意識して、感情の起伏が激しく、心が苦しくなるような、大きくいうとそんなイメージを今回は意識しました。
紙の選び方もページ構成も、何をどんなふうに見てもらいたいのか、見る人の造作まで考えた深い理由にかなりの感動と衝撃を覚えました。
印刷へ
今回は仕事の都合で印刷立会いに来ることができなかった前さん。
——印刷について、事前に前さんと打ち合わせされたんですか?
吉田さん:全体通して、紙のせいで黄色くなりすぎないようにって感じかなというメールはもらいました。
本文の候補紙は2種類あり、本機校正を行ってインクののり方をチェックしました。紙地が黄色いか白いかでライト側の出方が若干違っており、最終的には少し黄色いユトリログロスマットに決まったとのこと。
「ただ、色の出方はもう一方の紙の方が良かったので、ユトリロで刷った時も同じ出方になるように製版で全点調整しました」と西谷内PD。
全点調整した甲斐あり、印刷自体はとても順調に進みました。
一方、やはり気になるのは紙の薄さ。かなり薄いため、出てきた紙は波打ち、うまく揃っていません。
元・印刷オペレーターの西谷内PDに、もう片面刷る前に人の手で揃えるのか聞くと、
「包装紙並みの薄さなので、出てきた時は当然うまく重なりませんね。がたがただと積んでもうまく流れないので、綺麗に揃えます。もちろん人の手で。印刷オペレーターや補助は、紙が揃えられないと仕事になりません。
薄い紙も大変ですが、特に大変なのはユポなどの滑らない紙です。油性の印刷機はパウダーを振るので紙が滑ってまだ揃えやすいですが、UV印刷機はパウダーを振らないので滑らなくて…今回はUV印刷機なので大変ですね」
初の試み
今回の写真集の奥付には、用紙と書体の情報が載っています。
吉田さん:海外の本はそういった情報を載せているものが結構あります。僕は初めて、クレジットに紙の名前と書体の名前を入れました。というのも、なんでせっかく苦労して得た知識を公開するのだろうか…そんなことを思っていたのですが、料理のレシピには著作権がないってことを最近知りました。レシピが一緒でも作る人によって全然味が違うと、堂々と言っているのを聞いて、隠してたことが少し恥ずかしい気持ちになったのが理由です。情報共有することで、若い世代やこの業界が少しでも面白くなればいいなと思っています。
それを隣で聞いていた営業は「同じように奥付に書体の情報を載せているデザイナーさんに「なぜ載せるんですか?」と質問したら、吉田さんの回答と同じで、自分がどういうスキルを持ってどういう選定をして、この本を作ったかっていうことを後世に示す必要があるんだとおっしゃっていました」と教えてくれました。
100%以上のものをつくるには
——最後に、造本のアイデアはどこから湧いてくるのか、ここからインスピレーションを受けている、というものがあれば是非お聞きしたいです。
吉田さん:気になる本は買っています。これどういう仕組みなんだろう、この紙いいなと思ったら、内容問わず買って調べます。書体も、海外の本であっても永遠と探す。日本語にどの欧文書体が合うかはやってみないとわからない。未だに探しています。でも最近はなんとなく好きな書体がまとまってきた印象はあります。
いつもやる自分の中のルールとしては、単純ですが新しいことに少しずつ挑戦する。そうでないと100%以上のことはできないと思っています。100%以上というのは、自分が想像できなかったものや組み合わせを探したいということなのですが…常に自分も驚きたいし、喜んでもらいたい。妥協ぜず挑戦していきたいなと思っています。
これまで、造本の設計からできあがりまで一度もスムーズにいったことがないとおっしゃられた吉田さん。
常に新しいことに挑戦されている証だと感じました。
この度は取材させていただきありがとうございました。
また是非お越しください!
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